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ワイズエッグ社長日記。

ひらめきをカタチにする会社ワイズエッグの代表取締役をやっています。今、集中しているのはあらたな気づきを得るサービス構築。

幼馴染の子と一緒に!

ども。
今朝は珍しく幼馴染の子とひょんなことでモノづくりについて語り合うことに。

4歳~5歳からの幼馴染で、今でも家族ぐるみで仲良くしてる。
俺が一個上で、兄弟みたいに育った。

で、皆こんなことないですか?

小学生高学年ごろから、高校生ぐらいの間に発生する先輩、後輩という間柄。
こんとき、子どもながら、色々と悩んだよ。ほんま。

幼馴染が、先輩、後輩に代わるわけですから。
特に部活とか一緒になった場合。

その時代の部活は、(体育会系の部活をした人はわかるけど)階級的な考え方が強いものがありました。年功序列や、長幼の序という言葉でよく表されるけど、幼馴染の関係が、前述した関係に変わって行くのは本当に違和感があった。

ま、20歳を過ぎた頃、改めて飲みに行きはじめて、今は幼馴染に戻ってきてるんだけど。

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で、ここで生まれた疑問。

果たしてあの体育会系の部活に見られた階級的な考え方は必要だったのか?
なかったら、今、俺はどんな発想をする人物に育ってたんだろう?と思いをめぐらせる。

もしかして、体育には必要な考えで、スポーツにはいらないとか?
と考え調べてみた。
でわかりやすくまとめてくれた記事。

www.yamaha-motor.co.jp

「体育」では、子どもには健全な成長・発達をうながすように、そして、成人には健康な生活を営むように運動の実践をすすめます。一方、「スポーツ」では、それぞれの競技種目での成績向上を図るように運動を実践します。ですから、言葉を変えれば、「体育」では健康志向型運動、「スポーツ」では競技志向型運動をそれぞれ実施することになります。

コレ見るとどっちかいうと、体育会系の部活ってスポーツっぽい。
上記に書いているように、競技の視点で考えたらならば、競技の能力に則り技術や能力に応じた階級のようなものが必要になってくんだろう。
(もちろん、先輩後輩の間柄でも試合は行なわれるので技術的な視点からのランクは決まって行くのだが。昔はランキング戦てのがありました。後輩にまけてる子もおってこれは中々心苦しかった思い出がある。)

で、更に調べると、
https://kiss.kokushikan.ac.jp/pages/contents/0/data/1000419/0000/registFile/1880_9316_004_06.pdf

体育・スポーツを一意としてまとめているものも。
他にも色々あったけど、ここをフカボリすると教育論とスポーツの違いの深みにはまっていきそうなので、ここらでフカボリは終了。

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この先輩と後輩という考え方は、先輩が偉そうにできる仕組みの気が若干する。
でも世の中の流れはそうじゃない。
若くても、どんどん成功できる世の中。
社会に出たら全員が同じように勝負する世の中にどんどんシフトしてる(笑)


さ、その辺りも踏まえ、自分の息子をどう成長させましょー。

話があっちゃこっちゃにいった一記事でした!